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PDP-11は何台売れたのか

 PDP-11はDEC社が販売していたミニコンです。
 1970年の発売後から、大変よく売れ、DEC社のPDPシリーズで最大の台数を売り上げたヒット作です。
という風によく聞きますが、「よく売れた」「最大の台数」と言っても、実際に何台くらい売れたのでしょうか。

 WikipediaのDEC社のページにあるPDP-11の項目には、「1996年に生産終了するまでに60万台以上を売り上げた」と書かれています。
しかし、60万台以上という数値は、どうも体感的に納得できません。
私自身はPDP-11を見たことも触れたこともないのですが、当時PDP-11を操作した人が書いたさまざまな資料を読むかぎり、60万台も売れたという「体温」は伝わってこないのです。

 定性的な理解に反するというか、前回の小林秀雄の言う「常識」に反するというか…。

 このように感じるのは私だけではないようで、M.W.McMurran, ACHIEVING ACCURACY: A Legacy of Computers and Missiles, Xlibris Corp, 2008, p89には、60万という数字に対して、“Probably not. That's a huge number.”と疑問が呈されています。

 試しに、PDP-11と60万をキーワードにYahooで検索してみると、Wikipediaのほかには、2chの記事がある程度です。
英語のページを検索すればもう少し多く出てきますが、それでもそれほど多くはありません。
2chのほうはWikipediaを見て書いたとすれば、日本語のソースとしてはWikipediaしか見当たらないといってよいでしょう。
Wikipedia自体は信頼できるソースとは言えません。
これはきちんと調べてみる必要がありそうです。

 まず、Wikipediaに関して言えば、先述の箇所には60万台以上と書かれている一方、PDP-11単体のページには、「1970年代には17万台以上を売り上げた」と書かれています。
Wikipediaの英語版にも同じ記述があります。

 17万台と60万台ではかなり違います。
一応、17万台というのは1970年代だけの売り上げ台数であり、60万台というのはその後の1980年以降を含めた総売り上げ台数と理解できますので、2つの記述は矛盾はしていません。
しかし、不自然な数字ではあります。 DEC社は1978年に、PDP-11の後継機としてVAX-11を発売しており、PDP-11はこの年にいわば最前線を退いています。
1980年代はVAXの全盛期になります。
したがって、1980年以降に43万台も売れたというのは不自然です。

 Wikipedia自体は信頼性が高いとは言えませんが、情報のソースを示していることが多いのはありがたい点です。
それによると、
60万台のソース: D.D.Miller, OpenVMS Operating System Concepts, Elsevier, 1997, p452.
17万台のソース:P.Cerruzi, A History of Modern Computing, MIT Press, 2003, p199.
であることがわかります。

  60万台説の出所は、この前者の “OpenVMS…”という書籍と見てよさそうです 。
60万台という数字のソースとしてこの文献をあげていないものもありますが、それもこの“OpenVMS…”がソースであるようです。
たとえば、PDPシリーズ全体の売り上げをまとめた表を示しているサイトhttp://homepage.cs.uiowa.edu/~jones/pdp8/faqs/#PDPには、ソースとして、G.Bell et.al, Computer Engineering, 1978と、雑誌であるComputers and Automation, Edmund C. Berkeley and Associatesをあげていますが、これらの文献をあたっても60万台という数字は確認できません。
そもそも、ソースとして挙げられている文献は1970年代のものであり、PDP-11の総売り上げ台数が記載されているはずがありません。
逆に、上記サイトの表には、PDP-11以外にも不自然な点を含めて”OpenVMS…”と数字が一致している箇所があり、“OpenVMS…”をソースの一つとして用いていると判断できます。

 その、“OpenVMS…”の該当個所を見ると、

10.5 The 16bit Family

Like the successful PDP-8, PDP-11 family had multiple models, 12 of which are defined by 1978. Figure 10.6 includes four of these models. In the first eight years, 50,000 PDP-11 were sold - a record that PDP-8 took 15 years to achieve. The PDP-11 is still manufactured, and over 600,000 have been built.
と書かれています。この内容をまとめると、
・発売から8年間で5万台が売れた
・この本が書かれた時点でまだPDP-11は生産されており、その時点までで60万台以上が製造された
となります。

 この内容はかなり不自然です。前述のように、1978年にはPDP-11は第一線を退いています。
もちろん1978年以降もPDP-11は生産され続けており、VAXほどの機能は必要ないという層や、保有していたPDP-11が壊れたので、まったく同じものと置き換えたいといったニーズに対応していました。
しかし、フラッグシップ的な位置からは外れており、いわば、Intel社のCPUでいえば、現在のPentiumブランド位の位置づけであったと見てよいと思います。

 つまり、最初の8年間というのは、PDP-11の黄金時代です。
その期間に売れたのが5万台で、第一線を退いてから残りの55万台以上が売れたというのは何とも不自然です。
そして、この60万台以上という数値に関しては 、“OpenVMS…”内に何の根拠も参考文献も示されていません。
「以上」などというあいまいな表現にも疑問を感じます。

 ただし、ここに書かれている内容のうちで、最初の8年間で5万台という数字は、他の同時代の多数の文献から感じる体温と整合性が取れている感じを持ちます。
「8年間で5万台も売れた。これはすごいことだ。」という感じです。
当時はパソコンの時代ではないので、こういう感覚だったと判断するのは、他の文献と照合すると自然に感じられます。

 次に、1970年代に17万台という数字の根拠である、“A History of…”のほうですが、該当個所を見ると、

Over 170,000 PDP-11’s were sold in 1970s.
と書かれています。
そして、その根拠として、DEC社のPDP-11 Processor Handbook 1981年度版を挙げています。
このPDP-11 Processor Handbookを見ると、
With 1980 marking the 10th anniversary of PDP-11 processor, the PDP-11 has become the largest selling computer ever made. Over 170,000 are currently in use worldwide.
と書かれています。

 これは、先ほどの“OpenVMS…”と異なり、数字の根拠が示されており、その根拠となる文献はDEC社自身が出しているいわば一次文献ですので、信頼性は高いといえます。
ただ、それでもなお、一定の不自然さがぬぐえません。
PDP-11が発売された1970年から1977年までの8年間で5万台が売れたとすると、残りの2年間に12万台を売らないと17万台になりません。
しかも、この2年間は、前述のようにPDP-11が第一線を退いた期間です。
17万台でもなお多すぎる。そういう印象を持ちます。
しかし、数字を記した文献自体は信頼できそうです。

 ここまでをまとめると、
・60台という数字の根拠は不明
・17万台という数字の根拠となる文献は信用できそう
・最初の8年間に5万台という数字は不自然ではない。ただし根拠は不明。
・これらの数値間の整合性がとれない
ということになります。

 まず、根拠不明な部分に関しては、自力でソースと思われるものを探さねばなりません。

 最初の8年間に5万台という数字の根拠は容易に見つかりました。
先に挙げた、G.Bell et.al, Computer Engineering, 1978のp379に

Over 50,000 were sold in the first eight years that was in the market (1970-1977).
と書かれています。
これはDEC社の幹部であり、PDPシリーズに深くかかわったゴードン・ベル氏が書いているものですので、信頼できます。

 そうなると、17万とか60万とかいう数字は何なのかということになります。
しかも、17万に関しては数字自体は不自然ですが、出所は信用できそうです。

 60万という数字に関して調べてみると、Computer Worldという雑誌の1990年6月11日号に掲載された、"Not the end of the line for PDPs"というタイトルの記事内に

Of the 600,000 PDPs sold since 1970 (a figure that includes board level products as well as complete systems)
と書かれているのが見つかりました。
これはInfoCorpというカリフォルニア州にある市場調査会社が調べた結果とのことです。
市場調査会社ですからある程度信頼できるデータを出していると見てよいでしょう。

 まず、この時点で気がつくことは、60万という数字はPDPシリーズ全体での売り上げであり、PDP-11だけのものではないということです。
ただし前述のように、1970年以降ではPDP-11の売り上げは、2番手のPDP-8を3倍以上引き離していますので、大部分はPDP-11と見てよさそうです。 少なくとも、PDP-11の占める台数が60万台中の17万台とか5万台ということはないです。

 次に、かっこ内に書かれているように、60万という数値は、完全なコンピュータシステムの売り上げ台数ではなく、ボードレベルの製品も含むということです。
つまり組み込み用途向けのものが含まれているということです。
組み込み用途向けのものの出荷数は、完全なコンピュータシステムと比べるとかなり大きい数になるものと見られます。

 “OpenVMS…”の書籍に書かれている60万以上という記述には、
・PDPシリーズ全体の売り上げ台数であること
・ボードシステムを含むこと
の2点の記述が抜け落ちています。
そして、この内容をそのまま鵜呑みにして、60万台以上という記述が広まったものと考えられます。

 さらに言えば、Computer World誌の記述では「60万」と書かれているものが、“OpenVMS…”の書籍では「60万以上」と書きかえられています。
これは、Computer World誌が1990年の発行であり、“OpenVMS…”の書籍が発行された1997年までの8年間に多少は上積みされただろうと著者が判断したのであろうと考えられます。
以上から、
・PDP-11だけでの売り上げとして60万台以上という数字には正当な根拠がない
・完全なコンピュータシステムとしての台数はさらに少ないはずである
と言えます。

  また 、1970年代の売り上げが17万台という数字と、1977年までに5万台という数字の不整合も、17万台には、組み込み用途のボードシステムを含むと考えれば整合性のとれた理解ができます。

 では、「ボードシステム」とは何のことでしょうか。
まず考え付くのは、初期のVAX-11には補助的制御のためにLSI-11というPDP-11機能を持つボードが内蔵されていたことです。
これをPDP-11の売り上げにカウントすれば、VAX-11の売り上げ台数がそのままPDP-11の売り上げ台数に上積みされます。

 次に考え付くのは 、VAX-11を使用する際には、VT-100などの端末を用いるのが普通で、この端末の制御にPDP-11のCPUボードが使われていたことです。
端末のすべてがPDP-11のCPUボードを積んでいたわけではありませんが、かなりの割合を占めるのは確かです。
 VAXが1台売れるごとに、5〜10台の端末が売れ、その中にPDP-11のボードが含まれていれば、VAXの売り上げの5〜10倍がPDP-11の売り上げ台数に上乗せされます。
WikipediaによるとVAXの売り上げは40万台とのことで、これも根拠のはっきりしない数字ではありますが、10万台以上は確実に売れているので、その数倍はPDP-11の売り上げとして上乗せされます。
さらに、PDP-11のCPUがマイクロプロセッサー化されたT-11などのチップはAtariのゲーム機などでも使われています。
この売り上げ台数もPDP-11の売り上げに上乗せされます。

 これら諸々を合計すると、売り上げの台数というか個数としては数十万台レベルになると見られます。

 結局のところ、単独で動作するコンピュータとしてのPDP-11が何台売れたのかを明示する文献は見当たりませんでした。
しかしながら、60万台という数値には根拠がなく、17万台という数値のうちで少なからぬ部分がボードシステムと見られます。

 ここからは推測になりますが、1970年からの8年間で5万台というペースをそのまま外挿すると、1970年代全体での売り上げは6万台強となります。
第一線を退いた効果と、値下げなどの効果を考えるとどうなるかの判定はできませんが、1980年以降を考えても、10万台前後というのが妥当な線ではないでしょうか。
さまざまな文献から感じる「体温」とも矛盾しません。

 結論としては、以下のようになります。
・文献から明確に読み取れるデータとしては、1980年の時点で5万台以上17万台以下としか言えない
・60万台以上という数字は、PDP-11以外も含み、ボードシステムも含むので、一般的なコンピュータとしてのPDP-11の売り上げ台数としては根拠がない
・だいたい10万台前後ではないだろうか

 名機と呼ばれたPDP-11も過去のものになり、正確な統計データは失われつつあるようです。
さみしい気もしますが、これが現実です。

参考文献
1次文献(文献の著者自身が調査した結果を書いているもの)
G.Bell et.al, Computer Engineering, Digital Press, 1978, p379.
DEC, PDP-11 Processor Handbook, 1981, p5.

2次文献(他者の調査結果を引用し、引用元を明記しているもの)
Computer World, IDG, June 1990.
P.Cerruzi, A History of Modern Computing, MIT Press, 2003, p199.

3次文献(他者の調査結果を引用したと思われるが、引用元が不明なもの)
D.D.Miller, OpenVMS Operating System Concepts, Elsevier, 1997, p452.



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