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DECのPDP-1は価格破壊をもたらしたミニコンピュータだったのか---Part1

 DECは、PDP-11に代表されるミニコンメーカーの雄であり、一時代を築いた偉大なるコンピュータメーカです。
DECに関しては、「1960年に発売されたPDP-1はそれまでの大型コンピュータの1/10以下の価格で売られたミニコンピュータであり、企業の一部署や大学の研究室でも買える価格であった」という話を聞くことがあります。

たとえば計算機関係の学会の会誌である
http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1203.pdf
の最後のあたりに、

PDP-1を1959年に完成し、・・・50セット設置されました。当時業界に衝撃を与えました。100万ドルもしていたコンピュータシステムが10分の1の12万ドルで手に入ったからです。
と書かれています。
この文章の執筆者はDECに勤務した経験のある人です。

 他のWebサイトでも、10分の1とは書いていないまでも、
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/gyoukai/016/02.html
には、

12万ドルと当時のコンピュータとしては極めて安く
と書かれており、
http://www.jagat.or.jp/past_archives/story/1921.html
には、
彼らの最初のミニコンである「PDP-1」 は,1961年に開発され,1台12万ドルという当時のコンピュータの価格としては破格の安値で販売して人気を博した。
と書かれています。

 個人のページを挙げるのは多少気がひけますが、
http://www.wizforest.com/diary/130715.html
http://electronic-journal.seesaa.net/article/7113538.html
http://minoru-inoue.a.la9.jp/hii-pdf/No4.pdf
にも同様の内容の記述があり、
http://ks.korner.jp/zakki_02/zakki_065.html
に至っては、

当時週100万ドルという相場に対して12万ドルという価格設定
と書かれています。(さすがに週100万ドルは一括買い取り価格の間違いでしょう。)

 しかし、これらの話は本当でしょうか。
ちょっと考えただけでもいくつかの疑問が浮かびます。

 第一の疑問は、12万ドルというのは前例のない破格の安さで、企業の一部署でも買えるレベルなのかということです。
1ドルが100円とすると、12万ドルは1200万円です。
また、アメリカの消費者物価指数の表が
http://kccn.konan-u.ac.jp/keizai/america/glance.html
にありますが、これをみると、2002年と1960年を比較すれば物価水準は約6倍異なり、12万ドルは2002年での72万ドルに相当します。
大雑把に円に換算して7200万円、2015年1月時点での為替レートで換算すると1億円近い価格になります。
(1960年当時の為替レートは1ドル=360円ですが、政策的に決められた固定レートを使っても意味がないので、ここでは使用しません。)
 意外と高いというのが実感ではないでしょうか。
 そもそも、当時他に同程度の価格帯のコンピュータは存在しなかったのでしょうか。
IBMの販売していたコンピュータにしても、最上位機種からローエンドの機種まであったはずで、たとえば、その最上位機種とだけの価格比較を行っても意味がありません。

 第二の疑問は、100万ドルのコンピュータと同程度の性能を持つものが12万ドルで出てきたのかという点です。
PDP-1に関して、「きわめて安い」という記述は見かけても、それがどのような技術的な裏付けのもとで実現されたのかは書かれていません。
そうなると、価格的には既存のものと比べて低価格ではあっても、性能はそれなりであるという可能性もあります。

 第三の疑問は、PDP-1は人気を博したと言えるかということです。
50セットが売れたと最初の文献http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1203.pdfに書かれていますが、たったの50台では、よく売れたとはお世辞にも言えないのではないでしょうか。
既存のコンピュータと同じ性能のものが1/10の価格で売られれば、はるかに多くの台数が売れてもよいはずです。

 第四の疑問は、文献によって記述内容に多少の違いがみられることです。
発売された年は1959,1960,1961年と記述が文献ごとに異なり、売れた台数もWikidepiaでは53台と書かれていますが、上記の文献http://www.jsces.org/Issue/Journal/pdf/cb/coffeebreak_1203.pdf では50セットとなっています。

 第五の疑問は、PDP-1はミニコンピュータなのかということです。
ミニコンピュータという言葉が当時あったかどうかも判然とはしていません。

 多くの記事で、あやふやな伝聞情報やWikipediaなどの情報を十分な検証をせずに使用している印象を持ちます。
発売から50年以上経過しているコンピュータですから、データがあいまいになるのはある程度仕方がないかもしれません。

 そこで、本記事ではデータの出典を明確にして、PDP-1の特徴について探ってみたいと思います。



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