トップ リレー版 LED版 ロジックIC版 作者ブログトップ お問い合わせ・ご注文

ビル・ゲイツ初期の経歴を再検証 --- Part1

 マイクロソフトの創業時に使われたDECのPDP-10というコンピュータがトランジスタ式であることは以前に書きました。

 このころの、ビル・ゲイツに関しては、彼の成功譚の発端として、多くの記事が書かれています。

 たとえば、Web上で簡単に読める資料として、@ITにあるパソコン創世記
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/genesis/066/01.html
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/genesis/067/01.html
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/genesis/068/01.html
http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/rensai/genesis/069/01.html
があります。

 その内容のうちで、マイクロソフト創業前の、つまりトランジスタ式コンピュータに触れていた時期の内容をまとめると、以下のようになります。

 また、 http://www.anfoworld.com/Persocom.html#1-2.BillGates
には、トラフォデータ社時代の話として、以下のことが書かれています。

 しかし、少し考えただけでも、この話には不自然な点が多くあります。
たとえば以下のような点が挙げられます。

 マイクロソフト創業前の時期のビル・ゲイツの経歴に関しては、よくわからないことが多く、ネット上にも根拠のはっきりしない情報が出回っているようです。
そこで、この時期のビル・ゲイツの経歴を、資料を明らかにして探ってみたいと思います。

参考資料

当事者の書いた一次資料、第三者がのちの時代に取材して書いた二次資料に分類し、以下の資料を用いることとします。
いずれも日本語版を用いました。

・一次資料
ポール・アレン著「ぼくとビル・ゲイツとマイクロソフト アイデア・マンの軌跡と夢」講談社 (2013) (原著 2012/10)
 マイクロソフトの創業メンバーであり、レイクサイドスクール時代からビル・ゲイツと一緒にコンピュータにはまっていたポール・アレンが書いた自叙伝です。
 当事者の記録として使える一次資料としての書籍は、これしか見当たりません。
 このほかに、ポール・アレン自身が関わる博物館や投資企業の出した資料のうち、ポール・アレン以外は知り得ない情報も、一次資料として扱います。

・二次資料
ダニエル・イクビア&スーザン・ネッパー著 「マイクロソフト―ソフトウェア帝国誕生の奇跡」アスキー (1992)(原著 1991/8)
ジェームズ・ウオーレイス&ジム・エリクソン著 「ビル・ゲイツ―巨大ソフトウェア帝国を築いた男」翔泳社 (1992)(原著 1992/4)
スティーブン・メイン&ポール・アンドルーズ著 「帝王の誕生」三田出版会 (1995)(原著 1992/12)
 これらは、いずれも、1990年台前半に第三者が書いたものです。
「マイクロソフト―ソフトウェア帝国誕生の奇跡」は、マイクロソフト社の資料や本人へのインタビューをもとにしたと前書きに書いてあり、 「ビル・ゲイツ―巨大ソフトウェア帝国を築いた男」は、インタビューをもとにしたと書いてあります。
ただし、いずれも、原資料や誰にインタビューしたかなどの詳細な出典は明示的には示されていません。

「帝王の誕生」は、中公文庫からも、「帝王ビル・ゲイツの誕生」として上下巻に分かれて出版されています。 

1990年代後半以降の書籍は、二次資料としては用いていません。
それらは、多くは、上記の二次資料を下敷きにしており、内容的に上記の二次資料から得られるものとほとんど変わりません。
古いものの方が正確というわけでもなく、むしろ後に書かれたものの方が多数の資料を比較参照しているために正確という場合もあります。
また、後に書かれたものの方が参考資料が明確になっている場合があります。
たとえば、
ジャネット・ロウ著 「ビル・ゲイツ 立ち止まったらおしまいだ! --- 世界最高の起業家の洞察力」 ダイヤモンド社 (1999)(原著 1998/3)
には、随所に参考文献が明示されています。
それらを見る限り、新聞や雑誌のコラムなどが多く、信頼性に疑問を感じるものも少なくありません。
おそらく、上記の二次資料も同じような資料を参考にしているのだろうと推測できます。
ただ、それゆえにと言うべきか、新しい内容は特に含まれておらず、あえて取り上げることはしなくてもよいだろうと判断しました。



前回へ   次回へ